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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)161号 判決

原告

佐藤光機株式会社

被告

特許庁長官

右当事者間の昭和59年(行ケ)第161号補正の却下の決定に対する取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が、昭和59年5月10日、同庁昭和55年審判第6025号事件についてした補正の却下の決定を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和49年9月3日、名称を「ストロボ撮影におけるシヤツタ作動装置」(後記補正により「カメラのシヤツタ作動装置」と訂正)とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和49年実用新案登録願第105848号)をしたところ、昭和55年2月5日拒絶査定を受け、同年4月15日これを不服として審判の請求(昭和55年審判第6025号事件)をし、昭和58年12月7日付手続補正書をもつて明細書の全文及び図面の一部を補正した(以下「本件補正」という。)ところ、昭和59年5月10日、「昭和58年12月7日付けの本件補正を却下する。」との決定(以下「本件決定」という。)があり、その謄本は、同月23日原告に送達された。

2  本件補正後の実用新案登録請求の範囲

ストロボ閃光装置にその閃光波形に特定の信号を与える信号回路を設け、カメラにはこのストロボ閃光装置の閃光を受けてその閃光信号を判別するデコーダ回路と、このデコーダ回路に接続され上記特定の信号を含む閃光を受けたときにのみ作動せしめられてシヤツタを作動せしめるためのシヤツタ作動回路とを設けて構成したカメラのシヤツタ作動装置

3  本件決定の理由の要点

本件補正の内容は、明細書を全文にわたつて補正するとともに第5図を削除し、第1図、第3図及び第4図を補正するものと認める。補正された実用新案登録請求の範囲は、前項記載のとおりであるところ、右実用新案登録請求の範囲におけるストロボ閃光装置は、カメラの遠隔操作のみに用いられるものを含むものと認められ、この場合、単独で使用され、かつ、発光できるよう構成され、被写体の照明についての考慮を払うものではない。

願書に最初に添付した明細書(以下「原明細書」という。)及び図面(以下「原図面」という。)においては、親カメラにそのストロボ撮影用として取り付けられたものであり、発光が親カメラのシヤツタボタンを押すことにより行われるよう構成されたものの記載が認められるだけである。

してみると、本件補正は、実用新案登録請求の範囲を変更するものであり、原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内においてするものということはできない。

したがつて、本件補正は、実用新案法第41条において準用する特許法第159条第1項において更に準用する同法第53条第1項の規定により却下をすべきものとする。

4  本件決定を取り消すべき事由

本件補正後の実用新案登録請求の範囲におけるストロボ閃光装置は、カメラの遠隔操作のみに用いられるものを含み、この場合、単独で使用され、かつ、発光できるよう構成され、被写体の照明について考慮を払うものではないとの本件決定の認定は争わないが、本件補正は、本願考案の構成、作用効果を一層明確にするための補正であつて、本願考案の使用形態を明瞭に説明したものにすぎず、要旨を変更するものではないのに、本件決定は、本件補正による実用新案登録請求の範囲の変更は原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内においてされたものでなく、明細書の要旨を変更するものであるとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1 一般にストロボ閃光装置は、露出不足になる場合、カメラに取り付けてシヤツタに連動させ、発光させてストロボ撮影をするために使用するものであるが、ストロボ撮影に際し、発光するかどうかを確かめるため、公知のように手動でスイツチを閉じて発光させることができるような構成になつている。そして、原図面第1図の撮影用スイツチ(5)は、直接あるいは間接に手で作動させるものであるから、手動用スイツチとみなすことができる。被告は、右のスイツチ(5)が直接手で作動される旨の記載はない旨主張するが、直接人力で作動させるもの以外は手動接点でないとの見方は余りに狭隘であり、人間の意志、すなわち手の信号が直接伝達して作動するものであれば、手動接点と呼んで差し支えはない。現在一般の電子機械において、機械接点は故障しやすいので、電子スイツチによつて代替される傾向にあり、このような場合、手動の信号をシユミツト回路などで増幅し、スイツチングトランジスタ等をオンオフするが、このようなスイツチングトランジスタは直接手の力で作動しなくても手動接点と呼び、回路上従来の機械接点と同じ表現をしている。被告が手動スイツチのないものとして主張するカコのストロボS3(検乙第1号証)には、手動で機械的に作動するスイッチがないということにすぎず、手動で電気的に作動するスイツチがある。また、株式会社サンパツクの製品において、トリガコイルの発光用接点は、カメラの手動接点よりシンクロコードを介して作動していると思われるが、これは間接的に手動で作用しているのであるから、手動接点とみるべきである。

2 被写体撮影は、1つのカメラで所望の角度から行う場合と、複数のカメラで別角度から行う場合があり、露出不足にならない場合は、ストロボ閃光装置を使用しないことは当然であり、本願考案のストロボ閃光装置の場合もこの点は同様である。すなわち、

(1)  露出不足の場合には、原明細書記載のように、ストロボ閃光装置をカメラ(親カメラ)に取り付けて親カメラのシヤツタに連動させ、発光させるとともに、その発光をデコーダ回路を設けたカメラ(子カメラ)のデコーダ回路で受光し、その出力で子カメラのシヤツタを作動させ、ストロボ閃光装置を発光させることにより被写体を別角度からストロボ撮影をすることができる。原明細書は、これを1実施例として記載し、露出不足にならない場合については、明確な記載をしていないが、当然この場合も実施できることは明白である。

(2)  露出不足にならない場合には、ストロボ閃光装置を親カメラに取り付け、親カメラのシヤツタに連動させて発光させ、その発光を子カメラのデコーダ回路で受光し、その出力で子カメラのシヤツタを作動させることにより(原明細書に記載されている。)被写体を別角度から撮影することができる。この場合、ストロボ閃光装置は、ストロボ撮影用として使用されているものではなく、単にカメラのシヤツタを作動させるために使用されているものであり、原明細書がこの点ストロボ撮影におけるシヤツタ作動装置としたことは適切でないため、本件補正によりカメラのシヤツタ作動装置と補正したものである。また、同じく露出不足にならない場合において、ストロボ閃光装置をカメラに取り付けずに手に持ち、1に記した機能を利用して手動でスイツチを閉じ、発光させることにより、その発光をカメラに設けたデコーダ回路で受光し、その出力によりシヤツタを作動させることができることは当然であり、原明細書にその旨記載がされていないからといつて、この程度のことは、考案の要旨を変更するものではない。なお、原明細書には、親カメラのない実施例についての記載がないが、実施例は、そのすべてが考案の絶対要件ではないから、親カメラが本願考案の絶対要件とはならない。原明細書に記載された実施例においても、親カメラに取り付けられたストロボ閃光装置と子カメラとそのデコーダ回路のみに着目すれば、本件補正後の実用新案登録請求の範囲における考案思想は充分に汲み取ることができ、したがつて、本件補正は、原明細書の要旨を変更するものではない。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件決定の認定判断は正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

1 原告主張4 1について

ストロボ閃光装置に手動スイツチが付いていることを前提とする原告の主張は、その前提において誤りがある。すなわち、原明細書には、手動スイツチを有することを前提とする記載はなく、原図面の第1図及び第4図にも、カメラのシヤツタに連動して閉じるスイツチ(5)が記載されているだけで、同スイツチを直接手で作動させる旨の記載はない。原告の主張する「間接に手で作動させる」の意味が、親カメラのシヤツタボタンを手で押圧した結果、シヤツタに連動するスイツチがオンすることをいうのであれば、親カメラを有することを前提とするもので、本件決定の判断に一致する。しかも、この場合は、撮影の目的をもつてシヤツタボタンを押圧した結果、自動的にスイツチが作動するのであるから、撮影の目的を無視して、スイツチが間接に作動するということはできない。一般に、ストロボ閃光装置において、その作動上スイツチは不可欠のものでなく、ストロボが正常に発光するかどうかのテストを行うために、テストスイツチとして手動スイツチを設けた製品が存在するにすぎず、ストロボ閃光装置には必ず手動スイツチが付いているものとはいい得ない。市販の製品をみても、手動スイツチの付いていないストロボ閃光装置は、昭和36年に発売されたカコS3型や昭和48年5月発売開始の株式会社サンパツクの製品GX・17などが本願考案の実用新案登録出願前から用いられている。

2 同4 2について

原告は、親カメラにストロボ閃光装置を取り付けてストロボ撮影を行うことは1実施例である旨主張するが、原明細書にはこれが唯一の実施例として記載され、考案の構成についてその余の記載はなく、露出不足にならない状態、すなわち、ストロボの閃光を要しない場合にどのように作用するかは、原明細書記載のものでは、考慮外の事項である。原明細書には、親カメラのシヤツタボタンを押圧することにより子カメラを作動させること、すなわち、親子カメラで同時にストロボ撮影することを考案の目的、構成及び効果として記載している。また、露出不足にならない場合も、親カメラに取り付けられたストロボ閃光装置をシヤツタに連動して発光させれば、照明効果は当然に得られるから、ストロボ撮影を行つたことになる。しかし、原明細書及び原図面には、ストロボ閃光装置を手に持つて使用すること(この場合、被写体の照明には考慮せず、カメラの遠隔操作のみに用いられるよう設計変更されたもので足りることとなる。)、すなわち、親カメラを必要としない構成については、何ら記載するところがない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本件補正後の実用新案登録請求の範囲及び本件決定理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(本件決定を取り消すべき事由の有無について)

2 本件決定は、以下に説示するとおり、本件補正による実用新案登録請求の範囲の変更は原明細書及び原図面に記載された事項の範囲内においてされたものであるにかかわらず、明細書の要旨を変更するものとの誤つた結論を導いたものであり、違法として取り消されるべきである。

1  前記争いのない本件補正後の実用新案登録請求の範囲におけるストロボ閃光装置が、カメラの遠隔操作のみに用いられるものを含み、この場合、単独で使用され、かつ、発光できるよう構成され、被写体の照明について考慮を払うものではない点は、当事者間に争いがないところ、右事実に前記本件補正後の実用新案登録請求の範囲並びに成立に争いのない甲第3号証及び第2号証の3中の第2図を総合すれば、本件補正後の明細書及び図面に記載された考案は、ストロボ閃光装置を用い、その閃光によつてカメラのシヤツタを遠隔操作することができるシヤツタ作動装置に関するもので、従来、カメラのシヤツタの作動をストロボ閃光装置を用いて遠隔操作により行うとすれば、他人のストロボ閃光装置の閃光よつてシヤツタが誤動作する欠点があつたところ、この欠点を解消することを考案の目的及び課題とし、前記本件補正後の実用新案登録請求の範囲の構成を採用したものであつて、この構成とすることにより、ストロボ閃光装置を作動させて1台又は複数台のカメラのシヤツタの作動を遠隔操作により行い、1つの被写体あるいは各別の被写体を別角度等から同時に撮影し、かつ、その場合、シヤツタに連動してカメラに設けたストロボ閃光装置を働かせてストロボ撮影をすることもでき、また、複数台のカメラのうちの1台(親カメラ)にストロボ閃光装置を取り付け、他のカメラにはデコーダ回路とシヤツタ作動回路を設け、親カメラのシヤツタボタンを押し閃光装置により特定の信号を含む閃光を発せしめ、子カメラに設けたデコーダ回路で右閃光を判別し、特定の信号を含む場合にのみシヤツタを作動させ、かつ、これに連動させて子カメラのストロボ閃光装置を働かせることもでき、いずれの場合も他人の閃光装置の特定の信号を含まない閃光による誤動作を回避し得る効果を奏し得るものであることを認めることができる。

2  ところで、成立に争いのない甲第2号証の2(原明細書)及び前掲同号証の3によれば、原明細書は、実用新案登録請求の範囲を「親カメラに取付けられたストロボ閃光装置に、その閃光波形に特定の信号を与える信号回路を設け、このストロボ閃光装置の光を受けてその光信号を判別するデコーダ回路を子カメラに設け、このデコーダ回路に、上記特定の信号を受けたときのみ作動せしめられて子カメラのシヤツタボタンを押すためのプランジヤ電磁コイルを接続して構成したことを特徴とするストロボ撮影におけるシヤツタ作動装置」とするものであり、その考案の詳細な説明の項の記載によると、その考案は、ストロボ撮影におけるシヤツタ作動装置、特に親カメラに取り付けたストロボ閃光装置の閃光によつて子カメラのシヤツタを作動するようにしたシヤツタ作動装置に関するものであるところ、従来、子カメラのシヤツタボタンを親カメラに取り付けたストロボ閃光装置の閃光によつて作動するようにして親カメラのシヤツタボタンを押すだけで1つの被写体を別角度から親、子カメラで同時にストロボ撮影をする場合、子カメラが他人のカメラの閃光装置の閃光によつて誤作動する欠点があつたため、右欠点を解決することを考案の目的及び課題とし、前示実用新案登録請求の範囲のとおりの構成、すなわち、親カメラのシヤツタボタンを押してストロボ閃光装置を働かせ、これより発する特定の信号を受けたときにのみ子カメラのシヤツタボタンが作動するように構成し、これにより、1つの被写体を別角度から親、子カメラで同時にストロボ撮影ができ、しかも他人のカメラの閃光装置によつて作動することがないとの効果を奏し得るようにしたものであること、及び唯一の実施例として親カメラにストロボ閃光装置を取り付けてストロボ撮影を行う例を掲げるのみで、ストロボ閃光装置を単独で使用し、親カメラを必要としない構成について何ら記載するところがないことを認めることができる。

右認定の事実によれば、本件補正前の考案は、ストロボ閃光装置を親カメラと一体に結合させること、すなわち、親カメラにストロボ閃光装置を取り付けて使用することを必須の構成要件とするものであることは明らかである。しかし、一般に、ストロボ閃光装置を発光させる場合に、それをカメラ(原明細書記載の親カメラもこれに含まれる。)に取り付け、そのシヤツタボタンの操作によつて発光させること自体は自明の事項であるから、原明細書において、ストロボ閃光装置を親カメラに取り付けたことは、ストロボ閃光装置を発光させるための極めて普通の技術手段にすぎず、したがつて、親カメラにストロボ閃光装置が取り付けられること自体には、格別の技術的意義があるものということはできず、この点に前認定の原明細書及び原図面に示された考案の目的、課題及びその解決手段としての構成を総合すれば、原明細書及び原図面に開示された考案の技術的思想の本質は、デコーダ回路を有するカメラのシヤツタボタン操作を、右カメラから離れた位置にある特定の閃光波形を発生するストロボ閃光装置によつて行い、もつて、他人のストロボ閃光装置の閃光により右シヤツタボタンが誤作動をすることを防止することにあるものと認めるべきである。そうであれば、原明細書及び原図面には、前認定の本件補正後の明細書及び図面に開示された考案の技術的思想と同一の技術的思想が開示されていることは明らかである。なお、被告は、ストロボ閃光装置においては、手動スイツチはそれに不可欠のものでなく、原明細書には、親カメラのシヤツタボタンに連動して閉じるスイツチが記載されているだけで、手動スイツチについての記載はない旨主張するが、ストロボ閃光装置に、それが正常に発光するか否かのテストを行うための手動スイツチが付属しているもの(この存在は被告の認めるところである。)のほかに、右テストスイツチの付属していないものも存することは、成立に争いのない乙第1号証及び手動スイツチのないストロボ閃光装置であることに争いのない検乙第1号証により認められるところであるが、これらのストロボ閃光装置の発光については、テストスイツチのあるものでは、これを親カメラに取り付けて発光させるか、あるいは単独で発光させることが可能であり、テストスイツチのないものでは、これを親カメラに取り付けて発光させることができるものということができ、両者はいずれも、手動操作によつてストロボ閃光装置を発光させることができるものであるから、ストロボ閃光装置を発光させるのに親カメラの存在が必要不可欠であるというものではない。また、原明細書における親カメラのシヤツタボタンに連動して閉じるスイツチについては、右スイツチがストロボ閃光装置を発光させるための手動操作可能なスイツチであればよいことは、原明細書に開示された前認定の技術的思想の範囲内において十分認識することができ、しかも、ストロボ閃光装置の発光に、親カメラのシヤツタボタンの介在が格別の技術的意義を有しないことは前説示のとおりであるから、被告の右主張は、採用するに由ない。

3  以上のとおりであるとすれば、前任定の本件補正後の実用新案登録請求の範囲は、原明細書及び原図面に記載された事項の範囲内にあることは明らかであり、したがつて、本件補正は、原明細書の要旨を変更するものではないといわなければならない。

(結語)

3 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件決定の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 高山晨 川島貴志郎)

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